そのコーナーに飛び込めるだけの勇気を。

それは200周続く長いレースの最後の周回だった。
佐藤琢磨はINDY500のウィナーに手を伸ばし、後ほんの少しのところで夢は散った。彼はトップを走るDario Franchittiをオーバーテイクしようとコーナーに飛び込み、コントロールを失った。スモークを上げた彼のマシンの隣を何台ものマシンが駆け抜けていく。彼の目にはどんな世界が映っていたのだろう。

17位。それが彼の手に入れた結果だった。最後のコーナーでプッシュしなければ、2位でチェッカーを受けていただろう。それでも彼はラストワンチャンスに賭けた。

それはある意味、愚かなことなのかもしれない。一台の車をインディアナポリスのオーバルコースで走らせるために、どれだけのお金と人々が動いているのか。それを想像したら、表彰台を確実に持ち帰るべきなのかもしれない。

それでも琢磨は、アクセルを踏み込んだ。誰もが憧れるレースに身を置き、トップを争うことの重さを誰よりも知ってるのはきっと彼自身だ。レーサーとしての本能か確信かは分からないけれど、彼はコーナーに飛び込んでいった。

加速するエンジンの音と共に胸は高鳴り、スモークと共に僕らの夢は儚く散っていった。午前4時過ぎ、カーテンから少しずつ光が溢れる部屋で、僕はそっと溜息を吐いた。一体どうしたら、これだけ人を絶望させることができるだろう。

佐藤琢磨(とINDY500のレーサー達)はそれだけの瞬間を整え、最終周回のコーナーで一瞬の物語を演じた。もし誰だったらどうしていたとかじゃなく。琢磨はその舞台に上がり、飛び込んでいった。

 

たまらなく格好よかった。興奮で目が冴える布団の中で、もう一度僕は溜息を吐いた。